東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1074号 判決
被控訴人谷貞夫は控訴人らに対し、横浜市南区南太田町二丁目百五十八番地の七宅地六十坪につき昭和二十六年一月二十四日横浜地方法務局受付第一一二六号をもつてなされた林篤から被控訴人谷貞夫に対する所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。
被控訴人冬木和加雄は控訴人らに対し、前同所同番地の八宅地三十六坪五合につき昭和二十六年一月二十四日横浜地方法務局受付第一一二四号をもつてなされた林篤から被控訴人冬木和加雄に対する所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。
被控訴人小谷晴治は控訴人らに対し前同所同番地の九宅地五十五坪につき昭和二十六年一月二十四日横浜地方法務局受付第一一二五号をもつてなされた林篤から被控訴人小谷晴治に対する所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二、事 実
控訴人ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は控訴人ら訴訟代理人において、主文掲記の各登記はいずれも訴外松村浦吉が林篤の代理人として被控訴人らとともにしたものであるが、右林篤は松村になんらその旨の代理権を与えたことがないのである、登記申請は不動産登記法第二十六条により登記権利者及び登記義務者が登記所に出頭してすることを要するものであるが、本件各所有権移転登記については、登記義務者又はその代理人が全然出頭せず、すでに権利能力のない死者をあたかも生存するもののように、装い、その名義の委任状を偽造し、右松村が登記義務者の代理人のように仮装して登記をしたものであつて、このような登記はたとえ形式上存在しても真実の登記とはいえず、無効というよりはむしろ不存在というべきである、控訴人らはこれが抹消を請求するものであるが、控訴人らに現に本件各土地につき所有権があるかどうかは右抹消登記のなされた後においてはじめて争わるべきものであつて、本件には関係がないと述べた外、原判決に事実として記載されたところと同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
主文第二項ないし第四項掲記の各土地がいずれも訴外林篤の所有するところであつて、同人が昭和二十六年一月十九日死亡したこと、同年一月二十四日右各土地につき、主文第二項ないし第四項記載のように、それぞれ被控訴人ら名義に所有権移転登記手続のなされたこと、右各登記は訴外松村浦吉が林篤の代理人(代理権の有無は別として)として被控訴人らとともに申請してなされたものであることは、いずれも本件当事者間に争なく、公文書であることにより真正に成立したものと認めるべき訴状添附の戸籍謄本の記載によれば控訴人らはいずれも林篤の実子であつて右篤の死亡により共同してその遺産相続をしたことが認められるから控訴人らが右林篤の一切の権利義務を承継したものであることは明らかである。
右事実によつて見れば本件各登記の日である昭和二十四年一月二十四日当時においては、すでに登記名義人たる林篤は死亡していたのであるから、仮りに右松村が林篤の生前同人から本件各登記につき代理権を与えられていたとしても、その代理権は本人の死亡によつて消滅するのであつて、あらためて控訴人らから代理権を与えられない限り、右松村は林篤もしくはその相続人である控訴人らを代理して本件各登記手続をする権限はなかつたものといわなければならない(右松村が控訴人らからあらためて代理権を与えられたことは被控訴人らのなんら主張立証しないところである。)被控訴人らは、右松村は林篤の生前同人から本件各登記につき代理権を与えられていたものであるが、右代理権が篤の死亡によつて消滅しても、控訴人らから被控訴人らに対して代理権の消滅につきなんらの通知もないのであるから、控訴人らは右松村の代理権の消滅をもつて被控訴人らに対抗することはできないと主張するけれども、登記申請行為は登記権利者と登記義務者とが協同して登記官署に対してする行為であつて、代理人と相手方との取引について規定された民法第百十二条は当然には適用がなく、これをこの場合に援用することは失当といわなければならない。しからば本件各登記は登記義務者の代理人でない者と登記権利者との申請にもとずくものということになるのであつて、登記法の定める形式的要件を欠く不適法のものであることは明らかである。
被控訴人らは本件各土地については林篤の生前同人からそれぞれ適法に譲渡を受けたものであると主張するけれども、かかる実体上の権利変動の事実があるからといつて登記における形式上の欠缺を不問にすることを得ないものである。
不動産の譲渡があつた場合には譲渡人は譲受人にたいしてその不動産所有権移転の登記手続をする義務を負うことは、もちろんであつて従つて譲受人は譲受人なるが故に譲渡人にたいして右の登記手続を請求し得るということはまちがいない。しかし、それだからといつて、すぐに全然譲渡人の意思にもとずかないでなされた移転登記でもなんら法律上の欠点がないとし、譲渡人もその抹消を求め得ないとすることは、いささか、早やのみこみにすぎる。請求されればどうせしなければならない登記だからとか、現在の権利関係に合致する登記だから、というのは、いちおうもつともではあるが、そうなると、譲渡人即ち登記義務者が同時履行の抗弁権とかその他なんらか、登記請求にたいする抗弁権をもつている場合を考えてみると、登記義務者は、その意思にもとずかない登記によつて、抗弁権をうばわれる結果になつて、はなはだ不当である。だから、やはり、請求権一般と同じく、登記義務者が任意に手続をしない場合には登記権利者は訴によつてこれを請求するのほかなく(こうすると、登記義務者の前述のような抗弁権の存否は、裁判所の判断をうけることができて、登記義務者の権利は保護される)この方法によらず、登記の際における登記義務者の意思とはなれて、勝手に登記をすることは許されないと解するが相当なのである。従つて、もしこのような登記がなされたときは、登記義務者は実体上の権利変動の有無に拘らず、その抹消を請求し得るということになるのである。
控訴人らは右林篤の一般承継人であるから、本件各土地につき被控訴人らが実体上その所有権を取得したかどうかとか、控訴人らは右土地について相続によりその所有権を取得するわけはないとかいうことに関係なく、被控訴人らに対し本件各登記の抹消登記手続を請求し得べきものである。被控訴人らが真実本件各土地につき所有権を取得したものであれば、あらためて控訴人らに対しその移転登記手続を請求すべきものであつて、本件登記が実体上の権利変動にたまたま合致していることをもつて控訴人らの請求を拒み得べきものではない。
しからば、被控訴人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める控訴人らの本訴請求は理由があり、これと異なる原判決は失当であるからこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)